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2020/05/14

テスト投稿05

陸奥国(むつのくに)は、かつて存在した令制国の一つ。東山道に属する。現在の福島県、宮城県、岩手県、青森県。大国。

明治維新後、出羽国とともに分割された後の陸奥国については、陸奥国 (1869-)を参照。

当初は「道奥」(みちのおく)と呼ばれ、平安時代まで「陸奥」(みちのく)とも呼ばれた。その後は「陸奥」(むつ)と呼ばれた。

畿内から見て山道(のちの東山道)と海道(のちの東海道)の奥に位置する。中央政権に新規に服従した地域を同国に含めていったため、時期によって範囲は変遷する。未だ服従しない北方の蝦夷(えみし)と接した。

明治元年12月7日(西暦1869年1月19日)に5国に分割され、その1つとして、青森県と岩手県二戸郡にかけての地域に新たに「陸奥国」(りくおうのくに・むつのくに)が置かれた。

『古事記』には「道奥」とあり、『日本書紀』は「陸奥」が多いが古い時代に「道奥」もみられ、ともに「道奥」を「みちのおく」と訓じる。『和名抄』は「陸奥」を「みちのおく」とする。「道」は古い時代には「国」と同義に使われており、「道奥」の語源は「都からみて遠い奥」にある国の意である。「道」を「陸」にかえた積極的理由はわからないが、常陸国の場合と同じく、「陸道」の意であてたものであろう。平安時代の和歌で「陸奥」は「みちのく」として詠まれていた。「みちのく」は「みちのおく」が訛って縮まったものである。

「みちのく」が「むつ」に変わった事情には、江戸時代から二説ある。一つは陸が六の大字として用いられることをふまえて、陸を六と書き、それに訓読みをあてて「むつ」にしたというもので、本居宣長が『古事記伝』で唱えた[1]。陸州は古代・中世によく使われた略し方で、「六奥国」「六奥守」「六国」という書き方も平安時代にはあった[2]。もう一つは「みちのく」が「みちのくに」になり、「むつのくに」に転訛したという説で、保田光則『新撰陸奥風土記』にある[3]。「みちのくに」は『伊勢物語』などに見える。

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